モードの切り替え

渡米を控えてあまりにもひきこもりモードになっているので、気分転換を兼ねて少しいつもと別のことをやってみた。
具体的にはプロテスタント教会とボードゲームの集まりに参加してみた。
教会では外国人と会話する機会を持つことが簡単で、領域国際気分を味わうことができる。キリスト教について知りたいと伝えると、牧師さんからいくつか本を教えていただいた。
ゲーセンに行ってリズムゲーム、音ゲー、シューティングゲームもやるようになった。どちらにも共通しているのは決まったパターンで現れる目標物をヒットする、あるいは敵を攻撃する、避けるといったもので、そこには基本的に他人の戦略を読み解いてそれに応じてこちらの行動を切り替えるという発想がそもそもない。とても自閉症的なのでオタク、理系的な属性を持つ人に受けることもうなずける。そしても俺自身も面白さを見出しているので納得しかない。
ボードゲームの集まりでは10時間ぶっ通しで色々なゲームを遊ぶことができて有意義だった。コヨーテ、カタンなんかもなかなかよかった。
ボードゲームはリアルの人間との相互関係があって成立するのでゲームセンターの音ゲーよりは相手の心理に合わせて、柔軟に応答することが求められる。それでも、本当にガチのリアルシミュレーションゲームである現実世界の複雑性には敵わない。

不登校児ひきこもりサポートコミュニティは社会的底なし沼

リアルといえば、嫉妬とそこから足の引っ張りが本当に醜い。
元不登校児という生活履歴でありながらアメリカの大学へ進学するというのが不釣り合いな関係性にあることにも自覚がなかった。
ポジティブな声をかけてくる人間が居る一方で、ものすごくネガティな言葉を投げてくる人間もいた。そこで自分が取ろうとしている選択肢が世間から見ると尋常ではないということに気付いた。俺自身の社会的感受性のなさもなかなかだけど、そういった連中が言ってくる言葉というのもなかなかにすごい。
ある引きこもりや不登校児のためのコミュニティに数週間だけ出入りしていた時期があり、そこの代表である人間からは「え、アメリカ留学?ないないない。お前英語出来るの?(英語出来なくて)死ぬだろ」と言われた。
取り巻きの1人である引きこもりは悪口の伝言役を張り切ってやっていて、「周りはお前が留学なんてできないって言ってるぞ」とアメリカ留学後にもわざわざ言ってきたくらいだった。
ちなみにこの不登校児ひきこもりコミュニティは全国的にも有名でテレビにも取り上げられたことがあるらしい。そこの代表は世間的には不登校児ひきこもりの味方という役回りを献身的にやっているように振る舞っているけれど、現実の言動はこのレベルなので、将来的にもっと有名になった場合には暴露していきたいと思う。
足の引っ張ってくる人間に共通しているのは、そいつら自身の現状がとても残念な状態にあって、なおかつその状況から抜け出す方法が閉ざされているということである。
こういった経験もあって俺自身は不登校児引きこもりサポートを謳っているコミュニティ空間には全く期待していない。もちろん、中には素晴らしい精神を持った人もいるだろうから、人自体は個別に判断すべきである。けれども、そもそもそ戦争飢餓などの生き死にに関わらない社会的弱者を救いたいといった社会的なポジションを取りたがる人間がどういったものなのか想像してみると、見えてくるものがあるだろう。
加えて、人間は社会的な生き物なのでピア・プレッシャーの影響は大きい。援助系コミュニティの利用者と関わるということは自分もその次元に縛り付けられる、ということを意味する。本当に自力で何も出来ない、何をやったら良いのかも分からないようなレベルでない限り避けるべきだと俺は考えている。

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