森博嗣 夏のレプリカ 感想 解説 素生 謎

森博嗣 夏のレプリカを解説します 1/2

1998年に発表された本作「夏のレプリカ」を2017年の今解説する残念企画へようこそ。 なぜ今さら夏のレプリカを解説するのか まずは本物語の中から簑沢杜萌と犀川創平のやり取りを引用しよう。 「犀川先生は、萌絵のどこが気に入ったのですか?」思い切って杜萌は質問した。自分らしい大胆な質問だと思った。 「その質問をする君が、興味深い」犀川は煙草に火をつける。「質問は、質問する人を表現するんだ。それに対する返答なんかとは無関係にね」 俺が発売からほとんど20年越しで解説しようと決意した意図はこの会話に凝縮されている。 簡潔に書くと、この作品についての質問を思いついてしまったからである。 詳しいことは、森博嗣作品の解釈について書いたこちらの記事を読んでもらいたい。 夏のレプリカへの導入 S&Mシリーズの白眉 全10巻あるシリーズの中でも夏のレプリカは浮いている作品だといっていい。 密室殺人は登場しないし、メイントリックも「まあ」といった感じではある。 「いいのよ、殺しても」という簑沢杜萌の言葉の印象が初めと終わりで大きく変わる、という着想が先にあって、物語が構築された感すらある。 なので、その点に着目するとクリストファー・ノーランのMementoが思い起こされる小説だ。 だけれど、それはまだ表層の話であって、もっと深く物語世界に潜ることができる。 その為に、夏のレプリカは白眉、足り得るのである。 それについて書いていくとしよう。 昔、読んだ人のために 繰り返すが結構前に発表された作品なので内容について曖昧な人もいると思うので、軽くあらすじを押さえてから解説に入りたいと思う。 明示された問題としてのあらすじ

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Tariq Ramadan タリク・ラマダンの強姦容疑について

Tariq Ramadan from Oxford オックスフォード大学で現代イスラム学(Contemporary islamic studies)の教授を務めていたタリク・ラマダン(Tariq Ramadan)が過去の性的暴行、強姦の嫌疑が大きくなり謹慎(休職と取るべき?)となった。 ヨーロッパのムスリム・コミュニティの中心人物であるので、Tariq擁護派と排斥派でコミュニティを分断する騒ぎになっている。 Tariq本人は容疑を全面否認している。 被害者はフランスと出身であるスイス(未成年者と身体障害者が含まれる)の人間である。 フランス人被害者の一人は実名で顔を出しフランスのニュース番組に登場し、具体的な被害の状況を説明している。 彼女に対してTariq擁護陣営からSNSを介した嫌がらせや脅迫行為が続いているとのこと。 現在、フランス当局が調査しているので結果を待つしかないだろう。 日本でも伊藤詩織さんの準強姦事件があったが不起訴となり話題となっていた。 両者は周辺事情の色合いは全く違うわけだけど、力のある者からの女性への性的暴力を社会がどう対応するのか、という点では共通の視点を持つことができる。 俺は専門家でもムスリムでもないのだけど、情報があれば更新していきます。

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地球 独裁 中東 コンピュータ イスラム

《五百字独裁日記》2017.11.15.

書くと呼吸になる。 頭の中に何かを溜め込んでそれを撫で回すことで世の中の何かを知ったつもりになっていたけど、実際のアウトプットを出す段になると殆ど何も伝えたいことも伝えるための能力すらないのだと痛感する。 それでも、少しずつ呼吸をするように文章を吐き出すと、脳髄に沈積していたものが出ていくようで心地よい。 子供の頃から感じていたのは生まれつき勉強出来るかどうかっていう頭の良さは決まっているのだということだった。周囲を見てそう感じていただけなんだけど、成長してくると殆ど確信に近いものになった。 知能は脳のスペックに依存する。脳スペックはその形質から立ち上がる。その形質は遺伝に由来する。脳と身体は切り離れているのではなくて、脳は体の一部でしかないんだから、目や肌の色が親から遺伝するのと同じように脳味噌の出来だって決まるんだろう。 環境によってそれが潰されたり、信じられないくらいに増強されることはもちろんある。だけど遺伝子を低く評価してはいけない。 文字を読めるかどうか、物語を追えるかどうかは現実の認識能力を備えているかに寄る。現実にピントを合わせる能力を持っている者は強い。 俺はといえば何も分からない。音楽、視覚芸術、文学、数学、社会、人の心理、哲学、神と宗教、お金の動き、中東情勢。全部に無知だ。 去年末くらいからだったと思うけど、人工知能の教育の過程で日本の中高生のうち15%が日本語を読むことが出来ないことが調査で分かり、話題になり続けている。 中学生の段階で読解力を養うことができない子供はそのまま大人になっても母国語を読むことが出来ないのだという。 俺もおそらく、その一人であって、脳が本来持っているべきであるのに抜け落ちてしまっているものはとても多い部類だと実感する。 これは生まれつきでもあるし、矯正しなかったせいでもある。あまりにも手遅れでどうしようもないのだと思う。 インシャアッラー。

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地球 独裁 中東 コンピュータ イスラム

《五百字独裁日記》2017.11.14.

西尾維新の感触 読み始めた「混物語 しおぎレンジャー」はあまりに無内容的で何かを読んでいるという感覚とは離れている。ただ紙に印刷された黒線の羅列を追っているだけだ。話もその文脈も掴めないでいる。アニメの物語シリーズは数話観たことがあるけど、独特なカットインと活字の配置、長台詞から、西尾維新の作品を映像化するとこうなるんだな、という素人の雑駁な感想が残っただけだった。 茂木健一郎は当時新興してきたライトノベル作家をもって、饒舌体と罵っていたいた思うが、それは明らかに西尾維新を指すだろう。 座って作業をすることが多い。運動もろくに出来ていないので、体に適度な負担を与えてやるために立ちながらキーボード叩くことにする。 この状態であれば足踏みや屈伸もできるので、血流と酸素の巡りも良くなるかもしれない。長時間座り続けるよりは頭がすっきりするのは確かだと思う。 アウトプットとインプットのバランスは難しい。そこに仕入れ情報の理解や処理にかかる時間や手間を入れるとより時間配分の重要性が浮き彫りになる。 適度な調整域は分からないでいる。一方で理解できたのはインプットを絞ることの重要さ。特に俺の場合は映像や音声から情報を仕入れることが不得意なので、思い切って文章のみからインプットする方が良さそうだ。 気分転換でYoutubeやNetflixで映像作品を鑑賞するくらいがよさそうだ。 このサイトを始めて人生で初めて作品の感想めいたものを書いた結果、理解力のなさと作品を整理分析することの難しさに気付いた。これは今抱えている課題だ。

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森博嗣 茂木健一郎 すべてがFになる 捨てる メフィスト ポストモダン ソーカル事件

なぜ茂木健一郎は森博嗣のすべてがFになるをゴミ箱に捨てたのか? 導入・経緯説明編

森博嗣を読んだ茂木健一郎は激昂した 脳内参照リソース不足である人間によって運営されている当サイトは長らく森博嗣作品と脳科学者・茂木健一郎氏に関するネタを投稿してきた。 これには管理人の能力以外の理由も実は在る。 それがこの記事のタイトルである、なぜ茂木健一郎は森博嗣のすべてがFになるをゴミ箱に捨てたのか?にある。 意味が分からないかもしれない。一体何の話をしているんだ、と思うかもしれない。 実は、この一見すると接点のなさそうな二人をつなぐブリッジが存在するのだ。 一体何があったのか 事態は2005年1月31日の茂木健一郎によるクオリア日記に全てある。 当日の日記で、茂木は忙殺状態にあり精神的にもかなり追い詰められている様子が記されている。 当日締切の「大仕事」を処理しながら、論文作業も進める。そんな状況であっても散歩を終えた茂木は新潮を読み耽る。この辺り、メンタルタフネスが鍛えられたインテリぽいではないか。 中身は浅田彰、柄谷行人、鵜飼哲鼎談と大森望、豊崎由美の「文学賞メッタ斬り!」である。 取り組んでいる科学分野(conventional scienceと元ブログでは表されている)が持つ知の体系と浅田、柄谷、鵜飼が語るジャック・デリダ論を比して、茂木はふと思う。 無茶苦茶な世界に生きているなあと思う。その無茶苦茶さが、シミジミ面白い。 茂木は従来からの科学の在り方はある文脈ではゴミ屑(元記事ではarse hole)であることを、同新潮に連載されている保坂和志の 「利根川進みたいな能天気なヤツは、あと十年とか二十年で記憶が解明されて、あと百年以内に意識の全貌が解明されるとか言っているけれども、全然無理なんじゃないか?」 という文章を引き合いに出し、具体例として示している。 ある思想の文脈の中では、科学者は能天気に見える。 一方で、婉曲的にソーカル事件に言及した上で

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森博嗣 真賀田 四季 秋 感想 瀬在丸紅子

森博嗣 四季 秋を読んだ感想

あまり書くことのない秋 と、まあいきなり本作のキャッチフレーズである「もう一度出せる秋」を弄ってみたわけである。 前に書いた森博嗣の作品解釈に関する記事で「夏のレプリカ」をレビューすると書いたけど、こちらを先に読んでしまったので済ませてしまいたい。 ライトノベルを書くにあたって、普段は小説自体を読まないんだけど流石に何も読まないまま執筆に取り掛かろうとするのは無謀なんじゃないのかと思ったので、本棚に残っていたものを読むことにした。 それが森博嗣の四季 秋である。 刊行2000年代に四季シリーズが順次発行された時に一通り読んだはずなのだけど、秋は印象が薄く、内容をほとんど覚えていなかった。これが上記のライトノベルの執筆に加えて読み直そうと思い至った理由でもある。 四季シリーズの秋はS&MとVシリーズをつなぎ、百年シリーズへの跳躍を予感させる作品だ。 実際に読み始めてみると、意外と内容を思い出すものである。 読んだことのある人であれば分かると思うけど、目立った物語が描かれているわけでもないし、隠れたテーマ性もあるのかないのか釈然としない。 S&Mでのデビュー当時からキャラクタ小説の色合いが強かった森博嗣はVシリーズになり、増々その方向性を強めていった。そのひとつの臨界点としての四季シリーズはある気がする。 特に四季 秋はその要素が強く出ているせいでファンサービスのために書かれた作品であるようにすら見える。 商業作家なのだから読者におもねることもひとつの仕事ではある。批判する意図はない。 あえていうならテーマは愛かな なぜ愛なのかというと、四季 秋の物語では様々なカップルが登場して自分が思いを寄せる相手に対しての心情や態度を吐露するからである。 始めに書いたようにそもそも、この作品自体が今までの作品群を読み続けてきた読者の愛に対して作者の森博嗣が応えたものであるから、この線の解釈も許してもらえないだろうか。 これがアウトだとすると、正直、ほとんど書けることがない。苦笑するしかない。 順番に見ていこう。

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地球 独裁 中東 コンピュータ イスラム

《五百字独裁日記》2017.11.13.

唐突に五百字制限の日記を始めてみる。 少し前から興味を持って始めたヴァーチャル通貨を使ったForexを暫くやっていないことに気付く、ズボラであるし根本がprocrastinatorなんだ。もちろん、良い訳はない。実際的に早めに処理しておかないといけないことがあるし、このサイトに挙げたいネタも溜まっている。 茂木健一郎が舞城王太郎、森博嗣などのメフィスト賞出身者を批判していることを知り、かえってそちらに興味が湧いた。 劇場版傷物語を観た時の来場特典の「混物語 しおぎレンジャー」が手元に残っていたので、西尾維新の文章を久しぶりに読みたい俺には打ってつけだ。30Pほどしかない小冊子である。 西尾維新は昔読んでいただけで初期の戯言シリーズ以外はよく知らない。Verticalという日本のサブカル作品を英訳している出版社から出ている”NISEMONOGATARI”, “DECAPITATION KUBIKIRI CYCLE”も本棚にあるが未読である。英語の感覚を戻すために徐々に読んでいくとする。 茂木健一郎の過去の日記アーカイブに目を通し始めた。2001年の1月から始まっている。 ほとんど毎日書かれており、月に大体5.5 ~ 6万字の分量がある。 茂木のほぼ17年前の感性が新鮮で面白い。彼の日常を追体験していると錯覚する臨場感がある。 人の根本は変わらないので5年分ほどのアーカイブを読み通せば、現在の茂木の文章はほとんど読む必要はなくなるだろう。 あるいは俺が裏切られる。それも面白い。

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カクヨム ライトノベル ラノベ 執筆 俺のラノベ 歌隣散連華

ライトノベル執筆計画 小説投稿サイト カクヨムを使うことにする

タイトルの通り、KADOKAWAが運営する小説投稿プラットフォーム・カクヨムを利用することに決めた 発端は俺のライトノベル執筆計画の始動 前の記事に書いたように、天才(と俺が勝手に思っている)作家である森博嗣に感化されてライトノベルの執筆プロジェクトを始めた。 GA文庫大賞に応募する、と豪語してはみたものの小説を書いたことがないし業界についても無知である自覚はあったので、記事を書いた後にもう少し小説界隈についてぐぐってみた。 そして、作家デビューする道として出版社から直接拾い上げてもらう新人賞を経由するだけではなくて、文学作品を投稿するプラットフォームを利用する方法があることを知った。 常識みたいだけど、俺は知らなかった。 大手の小説投稿サイトは2つある 現状、2つの大きなプラットフォームがある。 小説家になろう 2004年に個人サイトとして始まり、その後成長し現在に至る。 月間10億PVある巨大小説投稿サイト。 カクヨム 2016年2月にKADOKAWAによって設立された同系のサイト。 小説家になろうからヒット作品が登場したことを受けて作られた。 以上、簡単な説明。 じゃあ、どちらを選ぶか? 結論から言うと俺のような新規無名作家志望者はカクヨムの方が参入しやすそうではある。 両方に作品を投稿することはできるみたいだけど、今はカクヨムにのみ作品を載せていこうと思う。 GA文庫大賞からカクヨムのコンテスト応募へ軌道修正 現在、カクヨムではスニーカー文庫《俺のラノベ》コンステストが開催されている。

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ライトノベル 小説 執筆 新人賞 GA文庫

ライトノベル執筆計画 GA文庫投稿編

記事を書くのが遅くなった。 という訳で、俺のライトノベル執筆計画を発表する! ライトノベルを書くに至った経緯についてはこちらの別記事を参照してほしい。 書くだけではどうしようもないので、せっかくなのでどこかの新人賞に投稿したいと思う。 それにあたって情報収集する必要のある事項について箇条書きしてみる。 どの出版社の新人賞に投稿するか Mac向けの執筆用エディタ ラノベ執筆の方向性 現状で思いつくのはこれくらいかな。 順番に見ていこう。 どの出版社の新人賞に投稿するか 各レーベルの賞をチェックする 色んな出版社がそれぞれのレーベルごとに新人賞を設けている。 数が多いので、全部調べ上げてここに挙げる必要もないと思うので、ここは安易に新人賞を一覧としてまとめているサイトを利用させてもらおう。 ラノベ新人賞カウントダウン このサイトは非常に便利である。各賞の締切日順に並べてあるので一目で情報を拾うことができる。 大変にありがたい。 この記事の執筆時点ではSBクリエイティブのGA文庫が主催しているGA文庫大賞の締切日が11月末で直近である。次にKADOKAWA・メディアファクトリーのMF文庫Jライトノベル新人賞が12月末を締切としている。 森博嗣を作家ロールモデルとしている俺としては、今月末を賞の期限としているGA文庫大賞に応募する方を選ぶべきだろう。 作品が書き上がらない場合には次点としてMF文庫Jライトノベル新人賞を考えよう。

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森博嗣 作品 謎 解釈 問題 答え 夏のレプリカ

森博嗣作品の読解について エヴィデンスのない世界の美しさ

森博嗣作品の魅力とこれからの読者への願い 導入 森博嗣の読者に対してお願いしたいことがあるのでここに記そうと思う。 森作品が持つ魅力のひとつに描かれている世界の多層性がある。 どういうことだろう。 より具体的に説明すると、作品の中に仕込まれている謎は大きく4つに分類することができ、各々の在り方が違う。 そして、それらの謎の層が織り成す多層性のどの位置に読者の注意を向けるかによって作品の色が変わる。 一度、読み終えた小説であっても、再度、異なる別の視点から読むことで、新しい楽しみを見出すことができる。 これはひとつの作品世界内で完結してる謎もあるし、作品を跨いでいることもある、更にはシリーズを超えて謎が提示されることすらもある。 この多層性こそが森作品が多くの読者を惹きつけて止まない理由であることに疑いはないと思う。 4種類の謎 導入部分に書いたように作品に埋め込まれている謎は4つに大別することができる。 明示された謎 明示された謎は文字通り、物語中でここに問題があるので解いてください、と提示されているものを指す。 1. 事件自体 これが一番分かりやすいだろう。 森作品の全てに殺人事件があるわけではないが、メインのシリーズでは殺人事件が起き、犯行現場は密室であり、誰がやったのかも分からないという状況が与えられていることが多い。 読者は探偵役の登場人物(S&Mであれば西之園萌絵、犀川創平。Vであれば瀬在丸紅子と愉快な仲間達)を介して事件の謎に迫る。 2.

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