川上量生の実名ブログの更新と引きこもりとしての俺

連日続いている漫画村を発端とした日本国内でのサイトブロッキングの是非に一定の目途をついた。
NTTが「漫画村」「ANITUBE」「Miomio」の3サイトに対してサイトブロッキングを行ったからだ。
山本一郎の話はあまりしたくないので、川上量生に話をふると、彼はずっと前からはてなダイアリーで「続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記」という匿名サイトを持っている。
東浩紀から「匿名を謳いながら実のところ誰もが運営者の正体を知っている状態で情報を発信することは権力を行使しながらもそれに伴う責任を回避しようとする姑息なやり方だ」と批判されたことも手伝ったのか、サイトブロッキングを受けて、カドカワ株式会社 代表取締役社長 株式会社ドワンゴ 取締役CTOとして川上量生は実名でやっているブログを2年10ヶ月ぶりに更新した。
内容自体は批判すべきところはないと思う。それよりもコメント欄に湧いている人間達の醜さが目立つ。建設的な意見を持っているわけではないくせに、おおよさ証明できなさそうな事象の立証責任を押し付ける姿は醜悪以外、形容の仕方が見つからない。
内容に加えて、匿名ブログの方ではなくて、実名ブログでコンテンツを保持する当事者の立場として態度を表明する姿勢は、見ようによっては当然かもしれないけれど、称賛に値する。
サイトを運営する上でどこまで運営者の素性を明らかにするのか、というのは大きなテーマだと思っているからだ。
Islamic Computerではこういった雑記を除いてほとんど俺という人間に対して触れていない。けれど、それはすごく重要な部分だというのは分かっている。
実際のところ不登校と引きこもりの経験がある人間が日本を飛び出してアメリカという新天地で生きていく、という姿は同じような経験、境遇の中にある人にとって有益な情報になり得ると思っている。
実際に、「不登校 海外留学」などというワードで検索をすると、学校社会あるいは日本社会に適応できずにいる子供、その保護者向けの業者のサイトが出てくるんだけど、それがキャッチコピーであることを分かった上で準備をしていかないと勘違いしてしまうこともあるので、俺が実験体として経験を書いていくことは現実を知る上で微力ながら手助けになるかもしれないからだ。
一方で、経験談を文章化してネットに垂れ流すということは俺のプライバシーを晒す行為でもあるので、これが躊躇している理由である。
まあ、もったいぶる必要もないので、今回の川上量生の実名記事を読んだのを契機に、アメリカ生活に戻ったらそういった情報を書いていくことに決めた。

メンヘラ.jpのわかり手こと小山氏について感じること

まず2点。
俺はわかり手さんのことをほとんど知らない。Twitterでこちらがフォローしているだけで向こうは認知すらしていないレベル。
次いで、俺はメンヘラではないと思っている、精神科に通院した経験もない。引きこもっていたのも自分では趣味くらいに思っている。
もしかすると躁状態にはたまになるかもしれないし、引きこもり状態を続けることができる精神状態事態が尋常ではないのかもしれない。というか書いていてそう思えてきた。
とにかくだ。わかり手さんは運営するメンヘラ.jpの収益報告を行ったことがある。それを見て、素直にメンヘラをかき集めて彼ら彼女ら(わかり手さん曰く利用者は女性の方が多い)の症状を和らげる手伝いをしながら、資本主義的にもうまくやっていくというアプローチに感心した。
俺にはそこまで大きな目標はないけれど、自分の専門領域であるコンピュータ分野のスキルを高めながら、趣味で宗教や哲学をしこしこやっていければ良いなくらいにぼんやりとしている次第である。
繰り返しになるけど、それでもIslamic Computerでほそぼそと自身の元引きこもりとしての留学経験を投下していくことで、日本社会から抜け出したいと具体的に計画している人達に対して少しは情報を提供できるのかもしれない、と思った。

中卒で塾講師をやっているということ

以前に記事で書いた通り、中卒だけど塾講師をやっている。進学校の高校生を相手に教えていたりもするので、本当にこんなことが許されるのか自分でも疑問思うことがある。
英検や試験対策の手伝いをしていて思うのは、本当に学校の勉強は退屈だな、ということ。英語も機械翻訳が進むことで生活をするのに不自由しない程度には英語不要化が進展する(もちろん翻訳に完璧はない)だろうから英語なんかを学んでいる時間と精神力があるのならもっと有意義なことを見つけてやったほうが良いのでは、と常々思っている。
このサイトでも意図的に英語学習に直接的に言及することはしていない。けれども、俺自身がある程度英語を知っているからそう言えるだけで、この社会の閉塞感に耐えられない人達にとっては英語ができるようになることが自信につながり、実際には日本から抜け出すためのツールとして機能するのかもしれないと想像すると、英語学習の記事を書いてもいいのかもしれない。ぐぐれば死ぬほど出てくるからそっち方面はやっぱいいかな、と思うが。