西尾維新の言葉遊びと英語のなぞなぞのリンクについて

Twitterでも少し触れたけど、ブログでも改めてまとめてみる。
NYCに本社を構えるVertical出版は西尾維新の作品を多数翻訳している。俺自身もその読者の一人だ。
日本の小説は海外では認知度が低いし、したがって極めてマーケットも小さい。最も知名度のある作家は言うまでもなくHaruki Murakami(村上春樹)だろう。日本で言うライトノベルジャンルはTeens novels, Juvenile novelsとしてアメリカにも存在する。日本ではモンスター級の人気と売上を誇る西尾維新のノベルス作品ですら、国外では訴求力はない。
一方で、西尾維新原作の物語シリーズのアニメは小説よりは認知度がある印象がある。
次の動画はアニメ評論系Youtuberとして有名なDigibro氏による物語シリーズのAnalysisである。
50分以上喋り倒しで同アニメを解説する熱意は日本人から見ても異様に映るかもしれない。

動画以外にもアニメ版物語シリーズの評論記事はぐぐってみると結構出てくる。
Your Guide to Everything MONOGATARI
Monogatari Series Analysis – Mindful Self-Indulgence(上記のDifibro氏のテキストヴァージョン)
Monogatari is a Disaster
Monogatari Second Season is More of the Greatness You’ve Come to Expect
THE MONOGATARI SERIES: A (PROBLEMATIC) FAVORITE ANIME
しかし、ライトノベル自体の評価や分析は見られない。
これだけで結論付けるのは短絡だけど、とりあえず西尾維新原作小説よりも派生作品のアニメの方が少なくとも北米では認知度がありそうだ。

西尾維新の翻訳は大変そう

西尾維新といえば戯言、言葉遊びで名が知られている。
西尾維新の作品を他言語に翻訳するのは相当に骨の折れる作業なのではないかと思う。言葉遊びは元の言語の性質に依存するから英語という東アジアの言語から遠く離れた言葉に翻訳する時には難しい判断を迫られる場面が相当ありそうだ。小説媒体であれば字数に制限があるわけではないから、思い切った切り替えを行うことによってあるいは情報量を補うことによってオリジナルのニュアンスを再現することが可能かもしれない。アニメはむやみに情報を増やすと物語シリーズの持ち味であるテンポの良さが削がれてしまうのでより難易度は高いと想像される。
そこで少し話は逸れて本題に戻る(西尾ぽいでしょ)と、この言語間の翻訳の難しさ、特に今回であれば言葉遊びの部分を他の言葉に移す時の難しさや不可能性についてアメリカ人に対して説明するにはどういう具体的な例があるだろうかと少し妄想していたところ、ある事実に気づいたので書きたいと思う。これが本題。

本題:英語なぞなぞ風ジョークは日本語でも成り立つか?

英語圏でこういうクイズがある。知らない人で興味があれば少し考えてみてほしい。
“Why is a number 6 afraid of a number 7?”

答えは、
“Because seven, eight, nine.” = “Seven ate nine.”
7が9を食べてしまったから、というもの。可愛らしい答えではある。
このなぞなぞ風言葉遊びを日本語にそのまま移すのって可能だろうかと妄想したところ、少し意味は変わるものの可能という結論に至った。
日本語だとこうなる。
「数字の6は7を怖がっている。なぜでしょう?」
「なな、はち、く」=「なな、はち、食う」=「7が8を食べたから」

ジャン・ジャック・ルソー的に翻訳不可能な言葉遊びの方が大多数に違いないけれど、例外的にそのまま移植できるものがあることを実感した限りである。
何か他にもそのままあるいは少し操作を加えることで翻訳可能な言葉遊びがあれば是非教えていただきたいです。

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