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茂木健一郎は頭いいよ。

ぼくら一般大衆も見習うところがたくさんある。
特に彼の多重人格性はとてもおもしろいし、模倣すると役に立つよ。

多重人格宣言

いきなり多重人格性と言われてもピンとこないかもしれないけれど、それは始めに引用したTwitterのトップ固定ツイートの締めの文である「活動人格の間の統合性の優先順位は低いです。」に端的に書かれているよ。つまり、茂木はとても自覚的にあるいは演技的に人格のチューニングをすることで環境に適応するという生存戦略を実践しているよ。
茂木のすごいところはこれが八方美人に終わっていないところ。普通のスペックの人が同じように振る舞うとご都合主義、日和見主義に陥ってしまって、単なる芯のないふにゃふにゃ野郎になってしまう。だけれど、茂木は違う。一見、場に居る人間の意見を合わせているようでいて、それを突き抜けて茂木自身の意見を主張する強さと巧みさを持ち合わせているよ。これってすごいことなんだよ。普通はできないし、そもそもやろうとも思わない。
大衆の楽しみであるお笑い界を批判したりと、たまにドジを踏んで色んな偉い人たちから怒られることもある。でも、そんな時ですら、本来は敵対側であるはずのお笑い芸人の中から茂木をアシストしてくれる人(オリエンタルラジオの中田敦彦)が登場するくらいに人望があるんだよ。更にそんな悪状況を二転、三転とコロコロころがすことで敵陣営の親玉の一人である松本人志のニュースバラエティ番組に現れて、和解演出まで持っていくことができるんだよ。人間関係のトラブルは付きものだから、こんな綺麗な着地に持っていけるのはすごい。あまり知られていないことだけれど、2012年には日本人で初めてTEDの舞台に立ってプレゼンテーションしたのは茂木だったりする。
残念ながら現在は諸事情によりTEDの動画はみられなくなってしまっている。アメリカに渡って2011年に起こった東北の震災についてスピーチをするなんて誇らしいよね。
文字通り世界中を走り回っている。詐欺脳科学者、髪型がアハ体験なんてみんなから馬鹿にされても全く気にせずに楽しく生きている。こんな風に充実した人生を送られるのはすばらしいことに決まっているじゃない。
というわけで、茂木健一郎について探っていくことでぼくらの人生だって豊かなものにできるはずなのです。

茂木の基本スペック

まず、注目すべきことは茂木の能力(知力、政治力、体力)はとっても高いレベルでバランスが取れているということ。

インテリジェンスについて

知力について見てみよう。色んな指標を設定することができるけど、ここはシンプルに経歴を拾ってみることにしよう。
東京学芸大学附属高等学校を卒業し、東京大学に入学。
学位は理学博士、法学学士をどちらも東京大学から取得。
その後は、理化学研究所やケンブリッジ大学の生理学研究所で研究員を務める。
帰国してからは国内の名門大学で教鞭を執る。
現在はソニーコンピュータサイエンス研究所の上級研究員をやりながら他分野でも活躍中。
突っ込みどころがない見事な経歴になっている。
脳科学者というパブリック・イメージが強いけど、物理学で学位を取っているし、加えて編入して法学部も卒業しているから理系文系の垣根を超えた広くて深い知識を持っている。
テレビでみるゆるふわな印象とは真反対の理想的なインテリ像といえるかもしれないよね。

リアルポリティクスについて

茂木はインテリジェンスだけじゃなくて、その優秀な頭脳を活かして、実社会でのネットワークを作ることに関しても長けている。
コミュニケーション能力がすごい。
特有のゆるい喋り方、白髪交じりの天パ、タレ目顔のおかげインテリでありながら親しみやすい雰囲気を醸し出してる。
同じ天然パーマというだけで葉加瀬太郎と同族に並べられることがあるけれど、向こうは音楽家(そういえば茂木は楽器はできそうにない!)で目元がギラッとしていて野性的だよね。やっぱり茂木とは違う種類の人間と言わざるをえないのかも。
また、話し相手の社会的な立場、背景を抑えた上で適切な話題を選んで、話を運ぶのもうまい。相手がどう動くのかを見極めて綺麗に受け流すあたりは合気道の達人みたいだね。
そういった他人の立場や気持ちを推し量ることができる茂木ではあるけれど、そこに留まらないのが茂木のすごさだよ。
周りの人間に合わせて話すだけじゃなくて、必要であれば空気をぶった切った発言だって物怖じせずに言えてしまう。
ただ内容のクオリティは玉石混交なのが茂木さんっぽくて茶目っ気があるよね。
それは偏差値偏重主義の受験形態に対する批判といった生産的なものに始まって、偏差値批判の延長線上にある東大ボロクソ否定かつアメリカ、イギリスの名門大学称賛という単に信奉する対象が国内から国外に向いただけなんでは?と疑問を挟みたくなるものまであるよ。
でも、こういう突っ込みどころの多さが親しみやすさにつながるから、結局ぼくたちは手の平の上で踊らされているだけなのかもしれない。
現に茂木のSNSを使った大衆へのアクセステクニックには目を見張るものがある。
Face to faceのコミュニケーションはもちろん、ネットを駆使してより広い層へ、より効率的に働きかける力も含めて茂木のコミュニケーション能力の高さを物語るものなんだよね。
コネクションだってすごい。
少しぐぐると茂木と色んな人との対談記事や動画がたくさん見つかる。
さまざまな領域の人とのコネクションがある。
教育、科学、数学、テクノロジー、ビジネス、自己啓発、思想、語学、社会学、メンタリズム、と挙げると切りがないよ。
ぜんぜん仕事を選んでいないんじゃないかな、と勘ぐってしまうくらいにある。
というか実際ほとんど選んでないと思う。
あの江原啓之氏とも共著を出しているくらいだからね。江原さんといったらスピリチュアリズムで有名。
裏ハンター試験に合格していないのにオーラが見えるんだから、すごい念能力者なんだろうね。
水見式の結果は操作系で心の弱った人とマネーの流れを操るのが得意みたい。
話が逸れたね。
ぼくらの茂木は鳩山家とも親交が深くて、リアルポリティクスにもガチで食い込めるくらいに、とにかく強力なコネクションを持っているんだよ。
コミュ障になりがちな理系研究者において貴重な存在であることが分かるよね。

フィジカルについて

最後は体力面だよ。
茂木はぽっちゃり体型でかわいいよね。髪型のせいもあって全体的にもっさりして見えるよ。
でも意外なことに体を動かすことが大好き。
学生時代も一人学級崩壊と言うくらいに自発衝動が抑えられないでいたらしい。
毎日、10kmのランニングを欠かさないようにしているらしくて、奇跡のデブを自称しているよ。
日本国内や海外を旅する時にも自らの足を使って走り回るのが好みみたいで、その様子はYoutubeにあげられた旅ラン動画で確認することができるよ。

以上が、茂木健一郎の基本スペックのおさらいでした。
これからは、Twitterに書かれた「活動人格の間の統合性の優先順位は低い」の意味について、つまりはこの記事の主題である氏の多重人格性について踏み込んでいきます。

メディア別に茂木を見ていこう

テレビメディア

テレビメディアの特徴は広範囲の大衆にアクセスするができるので認知度を上げることが簡単であるということ。
その代わりに、本を読まない人、積極的に情報を拾いにいくことが苦手な層が観ているから、あんまりむずかしい話や日本社会で共有されている文脈から外れた話をすることはできないという制約がある。
茂木はもちろん、これを心得ていて利用する。
第一ステップとして、アハ体験というキャッチワードをたずさえて、それを利用した短いクイズを出題することで視聴者の脳にアハ体験革命をもたらすという難解さとは無縁のコンセプトを掲げる。
第二ステップとして、当時、NHKの人気番組であったプロフェッショナル 仕事の流儀の司会進行を住吉美紀と共に務め、様々な業界のプロフェッショナルの密着取材を紹介する。番組内容はどんな分野のトップランナー(そんな名前の番組もあった)であっても苦労と研鑽を積んだ修行時代があり、大きな壁にぶつかった時に解決に導いてくれるような大人物や契機と巡り合うことで人生の転機が訪れ、仕事が順調に舞い込んでくる今であっても努力を重ねる多忙な日々は続いているといった日本人が大好きな定番の文脈を踏まえて編纂されているものばかりである。
「分かりやすさ」と「共有された文脈」を上手に抑えることで茂木健一郎の一般認知度は上昇する。
名前は知らないまでも顔は知っているという人も含めると日本の相当数が茂木を知っているだろう。
テレビメディアに出演する時のも茂木はといえば、親しみやすい高学歴インテリとして、子供の教育について学校教育に縛られない自由でのびのびとした学習スタイルを提唱する役割を演じていることが多い。
露出当初とは打って変わって、認知度を稼ぎ終えた今は方向転換し、定番の文脈を壊すことに価値を置いた発言をするように心がけているようだ。
東大入学なんて何の意味もない海外の大学を見ろ、偏差値重視での入試は終わってるといった類の発言を茂木がしているのを観たことがあるだろう。
しかし、悲しいことに東アジア圏であっても日本人は留学しない傾向にあるし、偏差値を重視した入試体制も変わる気配がない。
茂木のポピュラリティをもってして、定まった文脈を壊すことを叫んでも、テレビを視聴する層の心に響かせるのはむずかしいのだと分かる。
蛇足になるけど、更に最近では東大擁護派にまわったらしい。
茂木はそもそも日本に多様性が欠けていることを憂いていた、そのひとつの原因として偏差値という一つの基準だけに子供たちが向かっていく学校教育の在り方がある。外を見ると、全世界の大学教育環境をランキング化したものの代表としてTimes Higher Educationがある。ちなみに2018年では東京大学は46位にランクインしている。THEは日本の受験偏差値とは全く違った基準で大学を評価する。World University Rankings 2018 methodologyに記されているように大きく分けて次の5つの要素が評価対象になる。
Teaching(教育環境)Research(研究)Citations(被引用回数)、International outlook(国際観)Industry income(産業収入・貢献)。
THEという日本にはない価値観を世間に知らしめることでカルチャーショックと変革を淡く期待していたが、結果として跳ね返ってきてのは母校東大が国際的にはそれほど評価されていないという部分だけを摘み取る大衆の愚鈍であった。ほとんどの視聴者はその無理解ゆえに本来のメッセージに込められていたはずの東大の無価値さ以外の部分に対して全無視をきめたのである。
抑えておかないといけないファクトとして茂木は学部、院と合わせて10年以上東京大学に在籍していた。愛着がないわけがない。
大衆啓蒙はやはり起動しないと再確認した茂木は自らの手で汚名を塗りつけたために、お前なんて日本から出たら虫けら扱いだバーカ、と叩かれる母校東京大を守る側に回ると決めた。
というストーリーを思いつくけれども、真実は知らない。

Youtube

Youtubeとテレビ、どちらも映像メディアだ。
違いはなんだろう。プッシュ型ではないから、そこまでわざわざアクセスしてくる層向けにYoutubeのコンテンツは作られているはずである。
Twitterでの茂木のフォロワ数は約140万人で、その3割を実質のフォロワと見做す(少なく見積もって70%はスパムアカウントであるから)と42万人になる。
記事を書いている時点でYoutubeのKen Mogiチャンネルの購読者の数はおよそ8500人だから、Twitterのフォロワのうち2%がYoutubeチャンネルにも登録していると見做すことができそうだ。
Youtubeで検索して動画を見に来るのは積極的に茂木健一郎という人格に興味がある層というのは直感的にも数値的にも説得力がありそうだ。
実際にアップされている動画の内容は大きく2つ分けることができる。
一つは時事ネタや自己啓発的な内容を短い動画として編集したものだ。これはオーディエンスのメンタル養成が狙いであると思う。
もう一つは旅ランと名付けられた一連の旅先でのランニング動画である。こちらはやや長めになっており、より身体的な感覚を喚起することが狙いだろう。観ているとこちらも体を動かしたくなる。
どちらも地上波テレビで放映するには背景知識が必要であったり、単調すぎるものが多い。
良い意味での茂木信者向けに発信されたコンテンツが並んでいると解釈して良さそうだ。
茂木もそれを踏まえた上で、テレビメディアでは伝えることのできない、より実直な気持ちを笑いや皮肉を交えてネタ動画として昇華している。
いくつか代表的な一人漫談動画を貼っておく。

ところで2017年2月、3月あたりに茂木は日本のお笑いは国際水準からかけ離れている、地上波オワコン等といった発言をTwitterで行い、総スカンを喰らった(主にお笑い業界の人間から)。
この際に、茂木はお笑いをやったことがないし何も知らないくせに他業界に口出しするな、という批判もあったが、その時になぜ茂木は、自身は既にYoutube上で政治ネタのお笑い動画をいくつもアップロードしていることを言わなかったのだろう。
ぼくから見ても、茂木が言うところの地上波番組で行われている馴れ合い環境での閉じた世界での内輪ネタをケタケタ言い合ってる日本のお笑い芸人なんかよりも、茂木の時事ネタお笑い動画の方がずっとおもしろいのだけど。

Twitter

Twitterは文字ベースのSNSだけど、字数も短く、写真や引用も簡単なので、Youtubeよりもフォロする敷居は低い。
フォロワはテレビやその他の媒体で茂木の存在を知った人がなんとなくTwitterで見つけてなんとなくフォロしたという感じの緩い層だろう。
ツイート内容は日常系とニュース記事を引用したポリティカル・コレクトネスが強めのコメントである。
先日であれば大阪の府立懐風館で、自毛が茶髪である生徒に対して学校側が黒染めを強要したという事件について、次のようなツイートをしている。

40万人ほどの実質フォロワに対して自分の権限でコメントを発信できるのは強みであるから、その点を抑えて活用している。
伝えられる情報量が少ないので、喜怒哀楽などを端的に表した文章が多い。
また新規ブログポストの更新アナウンスも兼ねているので、複雑なコンテクストや長文コメントが必要な時にはそちらへの導線となる意味合いもある。

ブログ

茂木のブログには大きく分けて2つある。
日本語と英語で書かれたブログである。
日本語ブログの更新頻度は極めて高く、ほとんど毎日更新されているといっていい。
コメント欄もオープンになっており、常連の人たちが毎回似通った薄いコメントを残すが通例となっている。
「脳なんでも相談室」では一般の相談者が率直に悩みを打ち明けて、それに対して茂木が実直に答えている。
マイノリティ差別反対、反トランプ、LGBT擁護、ADHD等は個性といった感じで、あらゆる箇所で弱者保護を謳い、ポリティカル・コレクトネスを全面に押し出しているのが見て取れる内容になっている。
英語ブログは更新頻度にブレがある。日本語ブログにあるような定番シリーズというものはなく、内容としては専門である脳科学のアイディア、海外に滞在して経験したことを詩的な雰囲気を交えながら書いている。
こちらもコメント欄がついており、数は少ないながらもそれゆえに実のあるコメントが寄せられているのが特徴的だ。海外在住の日本人と見られる人からのコメントも散見される。
2017年9月7日にKen Mogi名義で出版された英語本である「The little book of Ikigai 」のアナウンスは英語ブログだけで行われた。
以上のように読者に与える情報を含めて明確に区別しているのが見て取れる。
日本語ブログは、悩み相談室に寄せられた相談に真摯に答える徹底的な弱者寄り添いの行動規範とポリティカル・コレクトネス強めのメッセージを合わせて発信することで日本社会に対してポジティブな影響を与えようとしている。
英語ブログは学問という西洋文化を吸収して育った茂木が、自身の経験と脳内で嗅ぎ取った精神性をヨーロッパ言語を媒介にすることによりストレートな形で発信することを可能にしている。

執筆

ものすごい数の書籍を発表している。
専門分野である「脳」を題材としたものが断トツに多い。分野を問わず様々な著名人との対談もしている(前述したように江原啓之ともエンジン01関係で共著を出している)。
ざっくりとした傾向として茂木自身の顔写真が表紙に大きく載っているものは知的レベルが低い読者を想定している。
これは茂木に限らず著名人であれば当たり前だが、茂木から話を聞いた上でライターが内容を整理して書き下ろしているものもある。
中には茂木自身が本の内容に関して否定しているものもある。
2014年1月25日、東浩紀が主催するゲンロンカフェに登壇し、東大は本当に要らないのか 哲学と脳から考える新・学歴社会論をテーマとしたトークショーを行った際には東浩紀から「金持ち脳と貧乏脳ってなんなんですか?」と詰め寄られた茂木は、編集者が持ち込んだ企画であり、金持ち脳や貧乏脳といったものは存在しない、表紙の写真も取られただけ、といった旨の返答をしている。
この時の対談動画は有料だが閲覧可能である。
この種類の本の出版は知的に未成熟な読者を対象としたお金稼ぎ(これは否定的な意味ではない)が目的だろう。
一方で、ロジャー・ペンローズの量子脳理論、離散数学の古典である四色問題を扱った翻訳本も出版している。
これらは原著の知的水準が元々高く、茂木の翻訳力も相まって、素晴らしい内容となっている。
対象に合わせて能力を綺麗に使い分けるのが茂木健一郎の真骨頂である。

講演

講演は主に二種類のオーディエンスに対してそれぞれスタンスを定めて話をしている。
共通しているのはネガティブな要素は挟まずにいかに現状を乗り越えて明るい未来へ到達するのかを主軸においているところである。
子供を対象とした講演では、定番の偏差値偏重入試への批判、英語とプログラミングの勧めなどの現教育体制への健全な懐疑心と新しい挑戦への鼓舞をメインとしている。
大人向けのものでは、軽妙なジョークを交えたながら、教育についてだけではなく、より広く日本社会、世界全体に起こっている変化(現在であればAIの発達など)について熱く語りかける。

トークショー

茂木の喋りがメインなのは講演と同じである。
違う点は会話をする相手がいることである。
これによってオーディエンスの知的水準に完全に合わせて話をする必要がなくなり、茂木と登壇者の世界観、レベルで会話をすることになる。そこに観ている者を巻き込むことが可能になる。
簡単にアクセスできるものとしてGLOBISの動画がある。これはYoutubeで検索すると見るかるので興味がある人は見てみるとよい。少し棘や毒気のある茂木と出会うことができるだろう。
テレビメディア、大衆向け書籍で普段抑えているリミッターを外すという箇所に注目するのであれば、ゲンロンカフェで恒例となっていた東浩紀との対談ショーはお金を払ってでも見る価値がある。
茂木本人が言うように、そこでは普段メディアに見せているホワイト茂木の姿は完全に消えて、ブラック茂木が現れるからである。
執筆の項目で言及した2014年1月に催された東京大の存在の是非を主題とした対談においては、最終的に東大の存在価値を認めた上で会場に観覧者として来ていた東大生に対して
「事務能力は要らない。お前みたいな奴はグーグルで代用できる」
「俺は東ともっと大切な話をしたいんだよ。お前には見えてない世界があるんだよ」
「お前は単に馬鹿。はっきり言ってお前は馬鹿。幼稚園児みたい」
とかなり辛辣に対応している。当の東大生は終始、冷静に対応しているのが見て取れる。
また同年8月の同イベントスペースでは「バカをバカと言える社会にどう変える?」というテーマ設定の上で、東浩紀と対談をした。
その際に、会場の東大生がスペクトラム的に世界を捉えているのになぜ東大のことになると一刀両断で否定するのか、と茂木に質問した。
これに対して茂木はその学生の専門分野を尋ねた上で何かやりたいことはあるか、と尋ね返した。
学生は答えることはせず沈黙をする。答えない学生に業を煮やした茂木は、早く言えよ!!!と怒鳴りまくり、お前は東大っていうラベルに頼っているだけの馬鹿男だろ、自分の馬鹿ぶりを恥ずかしいと思えよと言い放っている。
また学生に同情した海外大学を卒業した別の客が擁護に乗りでたところ、その観覧者に対して、あなたの言ってることは情報ゼロ、馬鹿じゃないの、と返し、会場は一触即発となる。
ここで文字で書き記している以上にこの時の茂木の怒りのボルテージは高く、口調はほとんどヤクザじみている。
これも同じくゲンロンのサイトから動画を観ることが可能であるが、覚悟して観るべし。
この状態の茂木をどう解釈出来るかでどこまで茂木健一郎という人格を見据えているのかの分水嶺になると思われる。
ゲンロンカフェでの茂木は終始東大生に辛く当たり、そうではない学歴の人間には暖かく対応している。
ここから見て取れるのは茂木は実際には東京大学が大好きであり、学生に存分に能力を発揮してほしいと願っているということ、それから東大にすら入れない人間のインテリジェンスには全く期待していないので表面的な対応をしているということである。
これを更に裏付ける証拠として、別に書いた小学校、中学校の教員向けに行われた講演の粗まとめがある。
教員に対して行われたこの講演では会場からのほとんどどうでもいい何の価値もない質問に対して、茂木は終始穏やかな調子で答えている。それは他の子供などの講演と同じ調子である。

研究

本人曰く20年間、休業に入っているらしいが、専門領域である。
これについて俺は何かコメントできるだけの知見を持ち合わせていない。
また調べ次第、この箇所は更新したいと思う。

結論

茂木健一郎は知力、政治力、体力という三要素を非常に高い水準でバランスより取り揃えた人間である。
その高い能力を存分に活かしてテレビメディアを通じて世の中に登場し、それは大成功した。
SNSが広まり、テレビ、本以外のメディアを通じてより直接的に一般大衆へのアクセス回路を開いた茂木は、ポリティカル・コレクトネスを全面に押し出した社会的弱者擁護の姿勢を貫きながら、現状の社会システムの批判を続けている。
またこれまで書いたようにそれぞれのメディア特性を活かした人格を綺麗に使い分けることでそのポテンシャル・リソースを最大限に利用している。
これは本当に上手な生存戦略である。
なぜなら大衆から大きな支持を受けることは社会を変える圧力の源になるだけではなく、茂木自身のリスクヘッジとしても機能するからである。
現に、過去にあった脱税疑惑、東京デザインウィークのイベントでの死亡事故でも茂木健一郎は見事なまでにそれまでと同じ社会的な地位を保持している。
単なる芸能人であればこうはいかなかっただろう。
茂木は高度な多重人格性によってメディアに適応し、それによって自身の人生を豊かにするための社会的資産を見事に築いたのである。

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