森博嗣 作家の収支 感想 まとめ 小説家という職業

森博嗣 作家の収支 感想とまとめ

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作家志望者にすすめる森博嗣の方法論本

森博嗣信者として「作家の収支」は前々から気になってはいたものの未読であった。
読んでみて思ったことを簡単にまとめてみる。

森博嗣の超略歴

有名作家であるが、知らない人のために作家になるまでの道のりを完全に端折りながら書いてみる。
1957年、愛知県生まれ。
工学で博士号を持っており、三重大学、名古屋大学で教員を務める。
1995年、名古屋大学時代に「冷たい密室と博士たち」を1週間で書き上げる。
1996年、38歳の時に書き下ろし4作目である「すべてがFになる」で第一回目メフィスト賞を取り、作家デビューする。なのでややこしいが「すべてがFになる」の方が出版順序では1作目になる。
森博嗣の経歴や作家としてデビューする際のより詳しい経緯は本書にも書いてある。
冒頭に書いた通り、小説家として名の売れている森博嗣であるが、いわゆるミリオン作品は今までにない。
ドラマ化とアニメ化がされている「すべてがFになる」であっても100万部に届いていないというのは驚きである。
しかし、全作品を総合的に見た時の印税は多い。それは森が多数の本を世に送り出しているからだ。
デビュー以来の出版業の趨勢やそれに対応するための森側の販売戦略も書かれている。
そんな森の作家としての「収支」、つまりは金勘定に焦点を当てたのが本書である。

作家の収支

「小説家という職業」の補講としての位置づけ

著者は2010年に「小説家という職業」という新書を出版している。
俺は未読なので、内容については本書に書かれていることを頼りにする。
同書では作家になるための一般的な方法論が存在しないという前提の下で、小説家という職業の説明や必要な気構えについて記しているらしい。
この本を出版した後に、作家志望者たちから経済面についての質問が森に寄せられたらしい。
本書を書かれた動機はそれに応える(答えるではない)ためである。

本書の内容と狙い

では、どういう形で森はそういった人たちに応えることにしたのかより具体的に見てみよう。
この点についても冒頭で明確に記されている。

1. 数値による客観的な事実を記す。

それらの事実に対して個人的な感情を交えて解釈や議論はしない。

2. 本書で提供されるのはデータであり、統計的資料ではない。

森は統計とデータを区別した上で、本書はあくまでデータである、と言っている。
この点に関しては少し分かりづらいかもしれないので、俺なりの補足をする。
データは数字などの個別のサンプルであり、これを利用して統計的な処理を行う。
仮に本書をデータとして、統計的な資料を作ることが考えると、次のようなものが例として考えられるだろう。
森博嗣と同様の執筆スタイル(これについては後で詳述する)を取る作家の年間発表作品数を(何らかの方法で)調べて、平均値を出すことで森と同じ方法論ではどれくらいのアウトプットが実現できるのかより詳細な数値を知ることができるだろう。
また、森とは異なった創作手法を使っている作家と比較することで、それぞれの年間発表作品数のち外が明瞭になる、などである。
とにかく、本書ではこういった広範囲の踏み入った調査は行わず、解釈もしない。
作家森博嗣、個人のパソコンに残っているだけの売上などが淡々と記されているだけである。
だけである、と書いたがだからこそ価値がある。今までここまで具体的な数値を書いた本はなかったからである。
ただ、例外的に、視点を向ける対象の範囲を森個人に絞った場合には資料的な価値もあると思われる。
なぜならデビューしてから本書発表までの年間別の刊行作品数や印税収入が具体的なデータ群として載せられているからである。
森ファンであれば、これらを眺めて、著者の個人史と重ね合わせることで様々な解釈や妄想を楽しめることだと思う。
森自身が述べているように、一人の人間がコンピュータで文字をタイピングすることでどれだけ儲けることができるのかを知ることができるデータ群というのが本書の価値なのである。

俺はどう読んだか

簡素に言ってしまうと、この本を読むことで自分も作家になれるのか試したいと思った。
というのも、森は、作家になるための一般的な方法論はない、と言っている一方で本書を読む限りでは、森博嗣をロールモデルと見做した時の作家足り得る条件を示しているからである。
散々これだけ儲けました、という内容と並列してそれをクリアするための条件まで丁寧に提示されたのであっては、自分を試してみたいと思うのは自然な感情の働きではないか。
少なくとも、俺には読者に対する挑戦状として受け取れたのである。

出版業界について

というわけで、これから「作家になりたい俺」視点で「作家の収支」について記す。
本書には作家個人の振る舞い方以外にも大きく出版業界全体の話も盛り込んである。
出版社を通さない方法もある(こちらの存在が大きくなることも暗示してある)が、依然、プラットフォーマとしての力は強い。
出版社側の考え方を知っておくことで創作をする方も戦略を練りやすくなるのは間違いないだろう。
森曰く、出版という行為の大半は赤字に終わる、という。
見立てでは半数以上は出版までにかかったコストを賄うことができていないだろう、とのこと。
また、本を出版するためのハードルはどんどん低くなっており、そのために志望者も大変多い。
従って、出版社はポートフォリオ的により多くの可能性のありそうな人間に本を書かせて、その中でいくつかの大ヒット作品を出すことで全体としての収益を黒にしている。
売れない人間に対して事細かくアドバイスなどはしてくれるはずもなく、より売れる可能性のある新人に出版させる方が必要なリソースが少ないのでそちらを選ぶ。
作家側として生き残るためには売れ続けるための戦略を自分で考える必要がある。
それを出来る人間だけが小説家として仕事を続けることが出来る、というのが趣旨である。
まあ、言われると当たり前のことではあるけれども、実際に売れ続けて、書き続けてきた著者が言うと説得力が違う。

ロールモデルとしての森博嗣

では具体的に、その生存戦略は何だろう?
本書の中で森は3点を挙げている。
少なくともこれら3つを満たせることが売れるための条件である、と著者は捉えている。
いわば森博嗣を作家のロールモデルと見做した場合に模倣しなければならない要である。
順番に見ていこう。

締め切りを厳守する

当たり前すぎて、ずっこけるかもしれない。しかし、実際は小説家の中には守れない人も多いらしい(本当か?)。
出版社から仕事をもらっている以上、信頼関係は大事である。
締め切り日、という数字で指定されているものは約束が守られたかどうかを判断するための線引が明らかなので、これを厳守するのは絶対である。

多作であること

これは小説家志望者が多く、出版社がポートフォリオを基に動いているためである。
次々と新作を出さなければ新しい作品に流されていき、作品の売れ行きが伸び悩むどころか作家としての名前も忘れられてしまうかもしれない。
著者曰く、日本人であれば誰でも、小学生であっても小説を書くことはできる。難しいのは書き続けることである。ほとんどの人間はこれが出来ないで消えていく。
例えば新人賞を狙っている(今の俺みたいな)作家志望者であれば、作品を仕上げて、どこかの出版社が主催する賞に投稿したのであれば、選考結果を悠長に待っているのではなくて、すぐに次作の執筆に取り掛かるべきである。
これは読者に対する姿勢にも同じことがいえる。
何かを書いて読者からの反応を待ち、それを吟味してから新しい創作の内容を検討するのではなくて、そんなものを待っている時間があればどんどん新しい物を書き上げていくべきである。
また読んだ人間からの反響は質ではなくて、常に量を気にすべきだ、というのも参考になる。
これは次に挙げる、新しさ、という要素とも関係するのだけれども、物事というのはその影響範囲が広まるほどに色んな種類の人間を巻き込んでいくことになる。必然、ノイズも増える。
ネガティブな反応であっても、数が多いのであればそれは当たり前であるし、それだけ自分から離れた層にも届いているのだと解釈することができる。
そんなものは無視して、とにかく新作を書くことが重要だ、と森は繰り返す。
また、作品を作る上で重要なものとして作家の嗜好がある。
小説家志望は概して本好きが多い(当たり前だけども)、しかし創作をする時にはそれが邪魔に働くことがある。
森博嗣は小説をあまり読まないことで有名だ。本が好きなわけでもなく、小説の創作は仕事と割り切って、時には嫌々やっているとのこと。
そして、それゆえにメンタルが拗れとは無縁に執筆活動を行えるらしく、スランプを経験したことがない。
やり甲斐のある仕事は存在しない、という氏の言葉は小説大好きゆえにメンタルを拗らせてる人には大きいなメッセージだろう。
俺はと言えば小説は読まないし、本が好きでもない。
全部データファイルとしてパソコンに入れて持ち歩ける方が便利だし健全だと思っている。
仕事に対する綺麗な幻想もないので、ここの条件だけは現段階で満たしているみたいだ。

新しさ

最後の条件である。
森曰く、小説は娯楽なので読者が驚くような何か新しいものが必要である。
ただ、ここには厄介な問題が転がっている。
世の中には多くの娯楽があり、今からそこに参入しようとするとメインのものはほとんど取り尽くされている。残っているものは大勢の人が楽しめるようなものではない傾向がある。
なので、新しいものは大衆受けが悪いものになる傾向がある。
このギャップをどう克服するかが重要である。
森の言葉書くと「自己矛盾を内包していることが成功には必要」である。
このポイントに関する更なるアドバイスとして、この矛盾を解きほぐすために特別な才能は不要である、と書いている。
才能よりも重要なのは「思考力」あるいは「発想力」と呼ばれるものである、らしい。
ここにも個人差はあるがそれは作業に対して時間を投入することで十分に克服することができる、と森は言明している。
そして、これらをクリアした上でとにかく書くことが何よりも大切である。
となると、3つに分けて書いたものの実際にはこれらは上手に輪を成してつながっているだけであるように思われる。
俺はこの3点が書いてあることで自分も小説家になれるか試してみたいと思うようになった。

本題である作家の収支に帰る

というわけで、森博嗣的世界観での3大条件が明らかになったところで、本題である収支に話を戻そう。
実際は収支の詳細な検討は本書を読んでもらうとして、ここではおおまかに森博嗣武勇伝的なノリで具体的な話を書くに留める。
これを景気づけとしてこの記事を閉じる。

収入について

森博嗣の第一作目である「すべてがFになる」は18万字であり、30時間かけて書かれた。
ゲラ校正も入れると倍の60時間になる。
出版されてから20年間で6千万円の印税が入っているので、単純に換算すると時給100万円の仕事。
一文字タイピングで計算すると約333円になる。すごいな、おい。

現在も続いている氏のブログの収入についても書かれている。
1日15分勤務(と言っていいのか)のブログのみで年収約1千万円。
ブログ執筆の報酬として540万円。これは大学教員時代の手取りと同じ。
ブログ書籍化の印税で400万円の収入。

支出について

森曰く、作家業の最大の良さは一人で創作することできる点にある。
初期投資、諸経費が要らない上に、比較的短時間で作れることも利点であるらしい。
短時間で作れる、というのは森博嗣に特有の条件であると思うので、鵜呑みにしないほうが良いだろう。
森博嗣の執筆スタイルでは資料の精査、取材活動を取っていないので、それらにかける経済的、時間的リソースは皆無である。
頭に既にある映像を高速タイピングによりアウトプットすることで効率良く小説なりを書き上げるのが森が採用している方法。
曖昧なものは曖昧なまま、分からないものは分からないまま書いているので抽象度の高い文章になっている。そこが売りであると捉えている。

総括

本書はシンプルである

本当に淡々と作家の収入源、それらからの収入、また支出や細かな節税テクニックなどが書かれている。
今回は作家志望者視点でまとめたので書籍だけについて書いたが、本書を実際に手に取ってもらうとそれ以外の意外な収入源(コカ・コーラとか)についても具体的な金額と共に記されている。
ゴシップ的な好奇心がある人にとっても面白いのかもしれない。
本書はシンプルであるが故に学ぶことが多い。
作家としての心構えは上記の3点を押さえておけば良いと思う。
今まで小説を書こうなんて考えたことがなかったけれど、これほど気楽そうな(茂木健一郎のせいでそう思っているところも大。実際はもちろん違うだろう)ビジネスであれば、自分の能力を試す意味も含めて、挑戦してみるのは楽しそうである。
というわけで、作家を目指すための記事も書いてみよう。

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