アメリカとヨーロッパ列強の資本関係について

1913年のアメリカのFRBによって通貨発行権の獲得は終わり、続いて通貨発行権の行使のための戦争が始まる。

アメリカの独立戦争によるイギリス支配
1775年から8年続いた、イギリスからの独立戦争も同様。植民地だったアメリカに課税強化をしようとして戦争になる。
宗主国からの独立がむずかしいのは戦費の獲得が困難になるから。
アメリカ独立戦争ではヨーロッパ資本家が両陣営に対して資金提供した。
アメリカが負ければ二束三文でアメリカ国内の資源を買える。
1778年、フランスはイギリスに対立してアメリカ陣営につく。スペイン、オランダも続く。
戦後、戦費がかさんだフランスでは世情が悪化する。国王ルイ16世への不満は高まり、1789年のバスティーユ牢獄襲撃からフランス革命へ。
スペインは革命後のフランス共和国に敗戦。ナポレオン戦争に参戦するもトラファルガーの海戦でイングランドに負ける。
1808年、フランス支配を受けるスペインは独立戦争を起こし斜陽国へ。
オランダはフランス革命からナポレオン戦争終結まで混乱が続き、その間にイングランドが東インド植民地を占領。
1814年にナポレオン帝国が崩壊するとオランダ連合国になり、オラニエ=ナッサウ家が王権に戻るも、国力は弱い。
結果、イギリスの世界覇権が確定し、イングランド銀行が独占的に発行するポンドが国際基軸通貨となる。

南北戦争の場合
アメリカには封建制度がないので以上のシナリオがむずかしい。
なので互いに戦争させることにした。
リンカーンは必ずしも人道的な理由で奴隷解放を主張していない。実際に人身売買には反対したが、奴隷制度には反対していない。
また彼はインディアン排除論者でもあり、強制移住、大量虐殺を指揮している。
開放の狙いは南部の綿花プランテーションの黒人労働力を北部の工業分野に使うため。
リンカーンを暗殺したのは北軍のメリーランド州出身のジョン・ウィルクス・ブース。

南北の妥協案としてのミズーリ妥協(協定)
1819年、ミズーリは奴隷州として合衆国に加盟。それ以前は拒否していた。
当時、カナダを支配するイギリス、メキシコを支配するフランスからの干渉を避けるために穏健的な政策を取っていた。
南部は合衆国から脱退するほどの不満はなかったはず。
連合国設立もヨーロッパ資本家が仕掛けたもの。ドイツのビスマルクがコンラッドシエムにそれを明かす。
リンカーンは自国のグリーンバックス紙幣を発行するも他国は受け取らない。
南北戦争の終結は1865年4月3日で、リンカーン暗殺は同月14日である。

1816年:第2合衆国銀行が設立。資本はアメリカ政府に20%、ヨーロッパ資本家80%。これにより通貨発行権を独占。
1831年:ジャクソン大統領は、銀行がマネーを縮小させ不況を起こしていると批判。
1834年:議会は銀行調査委員を設置。銀行側は調査を拒否。
1835年:ジャクソン大統領が狙撃される。一命を取り留める。
1836年:政府は第二合衆国銀行の銀行業務更新を拒否。結果、銀行は倒産。以後、77年間、中央銀行不在が続く。
1861年:南北戦争。
1862年から1863年:リンカーンが450億ドルの政府ドルを発行。グリーンバックスは1996年まで流通する。
1865年:リンカーンが暗殺される。その後、銀行はマネーサプライを縮小し不況になる。
1881年:ガーフィールド大統領、就任。「政府は銀行に支配されない」と宣言。ウォール街が財務長官に推していたリーヴァイ・モートンを財務長官ではなく海軍長官に任命。政府発行の銀貨を発行。同年、暗殺される。
1907年:証券暴落。
1913年:クリスマス休暇中に議員不在のままFRB方が強行採決。以後、アメリカの通貨発行権はFRBが独占。FRBが民間銀行であり、政府の持ち株は0。