地球 独裁 中東 コンピュータ イスラム

《五百字独裁日記》2017.11.26

ログ・ホライズンの原作者である橙乃ままれ Netflixで昔やっていたNHKアニメでも観てみるかとヒットしたのがログ・ホライズンだった。 通して観たことがなかった。改めて観たことでその理由が分かった。面白くない。 しかし、作者である橙乃ままれ氏は結構おもしろい人物であることが分かったし、退屈なアニメを高速で消化するためにNetflixを倍速方法をぐぐる契機にもなったので収穫はあった、と言える。 橙乃ままれはもともと2009年に2ちゃんねるに小説を投稿していて、それがゲーム作家の桝田省治の眼鏡に適い、デビューすることになったらしい。 しかも、当作「ログ・ホライズン」は小説投稿プラットフォームである小説家になろう上で連載されているらしい。全然知らなかった。 2011年には東京国税局に脱税を告発され、起訴された結果有罪判決となったらしい。その時の指摘された著作権料が1億2千万とのこと。 出自から顛末まで含めてとてもユニークであるし、俺は好感を持った(そういえば茂木健一郎も脱税(本人曰く申告漏れ)を国税庁から告発されている)。 ネットで文章公開するだけで個人としてのお金をここまで得ることができるなんてやっぱり文筆は夢のあるギャンブリングですね。

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《五百字独裁日記》2017.11.25

ひっさびさにゲームやったら良いリラックスになった Steamで買ったゲームがいくつかPCに入っていて、Civilization VがMac high sierraでプレイできなかったから、他のをやってみた。 遊んだのは「ひぐらしのなく頃に」「Bastion」「Borderlands 2」「Trine」、というかこれ以外にゲームがない。全部セールで安いときに買ったもの。 ひぐらしのなく頃には全く身が入らなくってエンターキーを連打して流し見してたんだけど、耐えられなくて5分で辞める。 Trineは横スクロールアクションゲー。映像がきれいで、騎士、女レンジャー、魔法使いを場面に合わせてスウィッチしながら進んでいく。雰囲気があるし頭を使わないからおすすめ。 Bastionは序盤でやめた。多分やり込むと面白い、これは平面フィールドゲームでプレイヤカメラは上空にある。雰囲気は聖剣伝説レジェンドオブマナとそっくり。あるいは逆。やり込んでみるか。 Borderlands 2はFPS、オンライン対人ではなくてフィールドを進んでいくタイプ。最初に出現するミニボスを倒すことができないくらいに下手くそだったから放置していたんだけど、今回はこいつを倒すことができて先に進むことができた。これは普通におもしろい。 Civilization Vはめっちゃおもしろいので是非やるべき。戦うシムシティといった感じ。人類の勃興から宗教科学(このサイトのテーマでもある)の発展を追体験することができる。バンバン政治と戦争もできる。サイコー。ただ何度もいうか今の俺はプレイできない。 結論を書くと、上記のうち、ひぐらしのなく頃に以外はプレイする価値あり。 ひぐらしって何が面白いんですか?

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《五百字独裁日記》2017.11.24

運動・読書・執筆 一元論か二元論か 一冊読むとどんどん読みたい本が増えていってしまう。茂木健一郎の「クオリア入門」を小説のために読んでいる。中身は面白い。ジョン・C・エクルズの”How the self controls its brain”とかすごく面白そう。脳が身体の一部で、その物理的実在から知能や心という機能が立ち上がっていて両者は密接な関係にある、という世界観が俺の素朴な実感としてあったんだけど、それは持っている選択肢から選び取ったのではなくて、オルタナティブの不在から陥っていただけに過ぎないのだと知った。心(mind)が脳をコントロールしている、というのは近代理性的に受け入れられないだろうけど、だからといって何も知らないでいて良いわけではない。特に俺はSF要素を小説に取り入れたいので実世界での物理学的法則やファクトよりもいかに人間知性の想像力が広がっているのかというマッピングを済ませて、そこからアイディアを採択したいと思っている。 心が脳を支配している。 事実でなくてもすごくワクワクするじゃないか。 Civilization Vが起動しない 半年ぶりくらいにゲームやりたくなったのでCivilization Vで遊ぼうとしたらMac high sierraでは起動しないことを知った。 これについては一応の対応方法と合わせて書きますか。まあ短いけどね。

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茂木 健一郎 プロセス アイ 小説 チュニジア

茂木健一郎 プロセス・アイを読み始めた

プロセス・アイという茂木によるSF小説に興味を持った 脳科学者として日本国内での教養人をおそらく自負しているであろう茂木がどういった小説を書くのかということに期待というよりも好奇心から手に取った本書。 2000年代から綴られているクオリア日記は彼の人生の軌跡そのものだ。頭のなかにあるものを流れるように書き出しているために所々荒い点があるけれど、それ自体が持ち味とみることだって出来る。茂木は日本国内に留まらず国外の様々な場所に出没している(訪れている、となぜか素直に書けない)せいもあって、その文章には固有名詞と神話的な叙述に満ちている。俺の読みでは、茂木健一郎自身は神の存在を信じていないが、神を信じる人の精神は美しいと思っているに違いない。 それで、本書プロセス・アイに返るわけだけど、これもまた固有名詞とスピリチュアルに満ちている。もちろん、科学や経済資本主義もちゃんと収まっている。 まだ4章までしか読んでいない。正直、誰が主要人物なんかも掴めていない。タケシ(川端武志)、グンジ(高田軍司)のどちらかだとは思うんだけども。世界中の国に居住する様々な人々が現れるから群像劇にも見える。まあそもそもライトノベルみたいなキャラクタ小説ではないからこの観点自体が本筋ではない。 北アフリカのチュニジア、チュニスにあるカルタゴの古代遺跡トフェの神話と精神世界から始まる話は物理学と資本主義へのアルゴリズム的な攻略へとつながっていくらしい(読んでないから読み進めた所までしか書けない)。 よく引き合いに出している森博嗣と比べると圧倒的に茂木の小説には固有名詞が溢れている。とにかく具体的なのだ。ハワイで大学生をやっている日系人であるツヨとチカのデート場面も着ているものからストリートまで名前で満ちている。これが路面にある小石のようにゴツゴツとした感触を与えてくれてなんとも心地良い。森博嗣の作品は固有名が極端に少ない。抽象的といってもいい。茂木は物理学、精神世界での抽象的な世界を提供しつつも、あくまで具体的な世界像の中で物語が進行していることを示してくれる。 単なる好奇心から読み始めた本書だけど、予想していた以上に面白い。 茂木が作家としての知名度が低いことが信じられないしとても惜しい。 金持ち脳・貧乏脳みたいなくだらない本なんて出さない方がいいのに。才能の無駄遣いだ。

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《五百字独裁日記》2017.11.19

ラノベを書くための課題図書 カクヨムにラノベを投稿すると宣言してから一行も書いていない雑魚です。 学園推理モノを書くために妄想を膨らませてみたんだけど、俺はまだその段階まで到達していないみたい、だと気付いただけでした。 批判の対象となるだけの存在感と新しさを持った小説と次々と出版できる森博嗣と西尾維新のすごさを何もやっていないのに勝手に痛感している。 VRに関するラノベを書きたいので脳について少し知ろうと思っている。あまり深く、たくさんのものに手をだす時間はないから3冊だけ課題図書として読む。 養老孟司「唯脳論」 茂木健一郎「クオリア入門」 三宅陽一郎「人工知能のための哲学塾」 アイディアは広がると思うけど、殺人事件の構想までおれはたどり着けるんだろうか。読んでから考えるとする。 YoutubeやNetflixをだらだら流しながら作業していることが多いんだけど、動画の情報も何も入ってこないし作業も中途半端になるから、遮断する。 運動不足だから、体動かさないとなー。

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《五百字独裁日記》2017.11.18

池内恵氏と森次慶子女史 ネットの炎上事件はその背後関係を無視されて、どっかの有名で権力のある人間が馬鹿なことをやったせいで無力な大衆が怒り正義の鉄槌を食らわせたという話に変換されてしまうから虚しいよね、何か対策はないかな、というよくある話です。 WordPressのローカル環境設定についてぐぐりながらTwitterをながめていた。以前に茂木健一郎がTwitter上の匿名アカウントに関してこんなポストをしていたことを思い出した。要旨は世の中には不快なことや悪事を働く人間がいる。ネットでは顕名でやっている奴と匿名アカウントを使ってそういったことを行っている輩がいる。桜井誠は身分を明かし社会的な責任を引き受けた上でヘイトスピーチを行っているのでTwitter社はアカウント凍結には慎重であってもよいのではないか。一方で匿名はどれだけめちゃくちゃなことをやっても責任を取るようなことはせず、それにゆえに社会的にはより害悪であるのだから、社はそちらの対応についても考えるべき、というもの。俺の意見じゃないよ。 中東研究者として有名な池内恵氏に疑問を投げかけている匿名アカウントがあった。攻撃的なものではない。池内氏は匿名に対して冷ややかな部分を持っていると思われるが、丁寧に応答をしていた。こういうやり取りは傍から見てとても勉強になるし微笑ましい。 一方で、森次慶子という画家(過去にポケモン等のデザインに関わっていたらしいが本人は元デザイナという呼ばれるのが嫌だとか)がTwitter上の炎上の対象になっていて、信じられないような罵詈雑言が匿名アカウントから寄せられているのを見て匿名の業の深さを知った。森次慶子女史の側に仮に落ち度があったとしても明らかに過剰な攻撃が加えられている。女史も嘆いているようにこれを止められる者はいない。 Twitter社を除いては。

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《五百字独裁日記》2017.11.17

アンロックされていく扉 機能制限が時間やお金のリソースをつぎ込むことで解除されていく感覚が好きだ。 あまり実用的な知識と無縁な人生だったんだけど、こんなサイトを作ってしまったがために少しずつ学習していってる。少しというのがなんとも心もとないけどね。 この一週間でサイトにポストしただけで4万4千字を書いていたから、意外と文章書けるんだな、と浅い驚きが自分の中であった。本一冊は大体10万字らしいので、あと2倍強の労力を注げば、形としては追いつくことになるわけだ。サイトの記事は既に固まった考えを小切れにして書いていけば良いから、そこに難しさやハードルはない。溜まっていたものを吐き出していのは純粋に楽しい。文章を書く習慣も経験もなかったんだけど、その楽しみが分かり始めてきたような気がする。本当に気がするだけだけどもね。 翻って、小説を書くことの現状での壁はプロットを組み上げることができない、ということ。森博嗣や西尾維新であれば湯水の如く物語が湧いてくるんだろうけども、自分の凡人さを直視した上で、どういった手順を踏めばプロットを組めるようになるのかの道筋をつけるのが今やっていること。自分の頭にとっての汎用性のあるノウハウを見い出してしまえば、あとは指を動かして文字を打ち込んでいくだけの作業だとも言える。コンピュータがあってよかった。 Verticalから出版されているNISEMONOGATARIを少しずつ読んでいこう。

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森博嗣 茂木健一郎 すべてがFになる 捨てる メフィスト ポストモダン ソーカル事件

なぜ茂木健一郎は森博嗣のすべてがFになるをゴミ箱に捨てたのか? 総括編

経緯説明はこちらを参照してほしい。 というわけで、どういった理由で茂木健一は沖縄で海に下半身を浸かりながら読んでいた「すべてがFになる」をゴミ箱に投げ捨てなければならなかったのか? 前の記事でほとんど明らかになった事柄について説明していかなければならない。 気楽にまとめよう 茂木は自身が所属する科学コミュニティとポストモダンを代表とする思想界の両者のそれぞれがある違う文脈では有効性を示さないことを看過した。 その溝を埋めるための両者をつなぐための大きなものの存在を希求している。 そして、同様の世界間のズレを文学にも発見した。それは今までの文学とメフィスト賞作品との間に見出されるらしい。 アカデミズムと文学という異なる世界で共通の課題が横たわっているということは、この問題自体が現代の諸々に通底するものであると茂木は捉えているのかもしれない。 森博嗣について見てみよう。 彼は工学博士という理系アカデミズムの人間である。 一方で文学においては異端あるいは色物(と少なくとも同時は見做されていた)であるメフィスト賞の記念すべき第一回を受賞してデビューを果たした作家である。 同じく博士号を持ち、古典文学をこよなく愛する茂木から見るとさぞバランス感覚を欠いた人間として映るに違いない。 真賀田四季の設定が深いようでどこか底抜けである、という印象は森博嗣作品が好きである俺も同意できる。 重ねて悪いことに、舞城王太郎は第19回メフィスト賞を受賞している。文學界の連載で舞城王太郎の作品を否定的に取り扱った茂木からすると森博嗣は舞城王太郎の大先輩でありアーチ・エネミーである。 もし、森博嗣作品に文系的な教養と会話が挟み込まれていたら自体は180度変わっていた可能性がある。 しかし、残念ながら、かくして茂木健一郎は「すべてがFになる」を読み、激昂してゴミ箱に投げ捨てたのであった。

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森博嗣 夏のレプリカ 感想 解説 素生 謎

森博嗣 夏のレプリカを解説します 2/2

森博嗣の夏のレプリカを解説します。 前回の記事はあくまで導入であって、あらすじを通して明示されたメインの誘拐殺人事件と簑沢杜萌の兄である素生に関する物語で暗示された問いについては解説した。 こちらが本題であるエヴィデンスのない話を広げようという志向性によって書かれている。 なぜ俺がエヴィデンスを重視した話に興味がないのかについては、こちらの記事に記した通りの事情による。 答えが明かされない暗示された問題たち クイーンとルークは誰を指すのか 杜萌はとても聡明である、ゆえに危うい部分を持ち合わせている。これは森博嗣の作品に登場する他のキャラクタにも共通する性質である。 物語の中では名前の類似点をはじめに杜萌はなにかと萌絵と対比される。 赤松と彼が所属するコミュニティに対する傾倒を見るに、杜萌の方がよりポテンシャルを持っているように映る。そして、その才能のせいで自滅する道を選んでしまう。 その二人が直接的に分かりやすい形で描かれる場面がある。 夏のレプリカの象徴的なシーンとして現れる西之園萌絵と簑沢杜萌の盤なしでのチェス対決である。 杜萌により潜在的な力があると書いたが、チェスにおいては萌絵の圧倒的なコンピューティングのために、彼女は負け通しである。 しかし、物語終盤で萌絵が杜萌宅を訪れて再びチェスで勝負をした際に杜萌が勝つ。これが杜萌の方がポテンシャルが高いという意味である。 萌絵は杜萌が取ったストラテジィから、事件の真相に辿り着く場面は感動的ですらある。 以下、その場面を引用しよう。 杜萌はそっと萌絵から離れ、立ち上がった。 彼女を見上げた萌絵の表情は、初めて本当に悲しそうに見えた。 「杜萌……、貴女が殺したのね?」 「チェスで、萌絵に勝ったのは初めてだよ」杜萌は言った。 「ええ、最高の試合だった」萌絵は頷いた。彼女はもう泣いていない。「貴女はクイーンもルークも、初めから捨てるつもりだったのね? それに気がついたときには、もう遅かったわ」

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地球 独裁 中東 コンピュータ イスラム

《五百字独裁日記》2017.11.16.

自分にとって新しい試みはずっと続けられないと価値がない これを実感する日々である。傍から見るとどうとないことでも知らない分野に足を踏み入れるのは大きな変化でストレスと進歩の両方に成り得る。 プレイヤとしと具体的なタスクをこなしながら、場が醸成されている抽象的な支配法則を出来る限り掴むための精神がリラックスした時間を持つ必要もある。 漠然とした話になった。 Google ブログを始めてからGoogleのサービスを使うことが俄然増えた。 かねがね使用感には満足している(あるいはまだ穴が見えるほど熟練していない)のだけど、変則的な部分もあるので慣れる必要がある。 ミニマリストだと思いこんでいた 私事で予想外のことが立て続けに3つあって、どうしたら良いだろう、という状況にある。 物質的には執着が少ない自負はあるけど、それだけではミニマリストとしてはまだまだで、頭の中がスッキリしていて、考えの指針の明瞭性を保てることも込みで捉えないといけない。 具体的なタスクが目の前にあってもギリギリまで対応しない(遅れてやるのではない)Procrastinatorの典型だ。これは変えられない性分ではあるけど改善しないと自滅する。 キノの旅のアニメと西尾維新の例の混物語冊子を読んだので何か書こう。 とにかく方向性を根本的に見直さなければならない。 音楽が書けない 解散してしまったポーキュパイン・トゥリー(Porcupine tree)とそのリードヴォーカル、ギタリストのスティーヴン・ウィルソン(Steven wilson)の歌詞を和訳したいけど、それをブログに載せることは、もちろん、出来ないのでどうしたものかな。

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